一日のエネルギーはしっかり使った方がよろしいのかも


そして世界に不確定性がもたらされた―ハイゼンベルクの物理学革命

そして世界に不確定性がもたらされた―ハイゼンベルクの物理学革命


「πの歴史」を読み終わったので、またもや通俗科学本に手を出している。
こういう科学の面白みというのを横で語ってくれる本がないと、どうにも勉強が手につかないのである。
数学書を読みつつ、横でこういう科学のロマンを語っていくれる本を時々読むというのが、
最近の勉強スタイルで、そういう時になくてはならない通俗科学本である。


それで、この「そして世界に不確定性がもたらされた」ですが、
アマゾンで中身も見ないでレビューだけで衝動的に買った本である。
「πの歴史」と一緒に適当に買った本だが、結構内容は悪くない。
というより、むしろ良い。
ただ、ついている紹介の帯は、俗っぽいし、さらには題名もセンスがない。
内容は良いと思う。
サイエンスライターには、昔から憧れているが、揃って高学歴である。残念なことに。
本は巻末に経歴が書かれるわけで、それなりの学歴がないと売れなかったりするのだろう。


最近話題の放射性元素が、放射線を放出するわけですが、
この放出というのは、20世紀前半の物理学では説明がつかなかった。
キーワードは「自発性」である。
放射線の放出というのは、「勝手に」原子が行うのである。
それまでの物理学では、「因果関係」というのがあって、何かが起こるには何か原因がある、
という世界観だったわけであるので、「勝手に」放射線を放出する物理現象について説明できない。
しかし、この「自発性」というのを認めたというのは、一つの物理革命だったわけである。


不勉強な私には、なるほどと唸る部分がたくさんあるわけで、よい刺激になる。


フーリエ解析 工学基礎演習シリーズ 1

フーリエ解析 工学基礎演習シリーズ 1


あとはこの本をリハビリとして解いている。
一応第一章が終わって、第二章に入ったわけであるが、思ったことはもっとペースを上げて
大量に処理していかなければ、理系は務まらないということである。


今日は、大学の図書館でまずだらだらと解いていて、そのあとファミレスに行って、
また続きをやってやろうという気分になり、
夜の0時過ぎまで取り組んでいた。
「もーだめだ」というところまでやってみようと思ったわけである。
そうしたら「もーだめだ」という状態に案の定なったわけであるが、
しかし、その「もーだめだ」という状態はまだまだ甘い。
余力というのを残しているし、ただの怠け心である。


確かに、数学などを解いていると、いくら簡単な上のような本であっても、情報としては非常に重い。
たとえば新書を読むようには読めないし、論理展開はやはり理解しながら追っていくわけで、
それなりに疲れる。
まるで取り組んでいるときは、マラソンのような感じなのである。
ランナーズハイのように、頭が乗ってくる場合もあるのだが、それでも勉強体力というものがないと、
すぐに「散る気」というのが頭をもたげてくるわけである。
しかし、例えば物理学史上で有名な物理学者などは、よい集中力を持っていたわけで、
おそらくそれなりに一日に処理する情報量というのは、多かったのではないかと思う。


頭を使うと、確かに「頭がつかれる」というような無気力状態になるわけだけど、
私の場合、鍛えていないから、それが結構早く訪れてしまう。


でも本当に理系をやるつもりなら、いま取り組んでいる簡単な演習書なら、
長くとも三週間程度のうちに終わらせるべきで、さらにはその後も休まないで、
すぐに他の本に取り掛かりつつ、大量に数式に当たっていく。
それが普通だという状態にもっていくべきであろうと思った。
実際に、やるべきことは正直言って多いし、それくらいやらないと思い通りにはならない。


だからこそ、一冊の本をそれなりの緊張と集中、速度をもって読み進め、
次から次へ、どんどん吸収していくということが求められる。
だったら一日のうちに、「もう頭がつかれた」という状態になるくらい、自分を追い詰めるという習慣が、
必要である。
頭を使うと確かに疲れる。
疲れるし、その気力を保とうすとすると、随分と気が滅入る。
だけど、知的好奇心というのを原動力に、どんどんハイペースで進んでいくくらいの気概がないと、
自分の思う通りにはやっていけない。


ということで、少なくとも「一日のエネルギーをそれなりに吐きだす」というレベルまでは、
頭を使う習慣をつけたいと思う次第。
実際、どういう時間の過ごし方をしても、一日は一日である。
勉強を始めて一週間、そんなことを思い始めた。
勉強モードに入りつつあるが・・・。