何かが違う、戦火の馬

大学に入って何かが違うと思っていたけど、読んでいた本にそれが書いてあった。


梅棹
私は動物学の大学院にいたわけですが、そのころに結婚して、新家庭で猫を飼うたことがあるんです。
猫が病気しよって、そのときどうしようもない、私は。
そしたら家内がいうことは「動物学者やないか。猫の病気が分からんはずがない」というんですね。
怒られた(笑)。そのとおりだけれども、これはどうしようもないことで・・・。


湯川
そんなものですね。私の知っている物理学者で、初め大学で電気工学をやった人がある。
一級の電気技師の免状をもらった。その人の家があるとき停電になった。
そしたらその人は「連続方程式が成り立っとらん」と宣言した。
つまりは何処かでつながりが切れたということだ。そういうただけで、なにもしない(笑)。
そしてさらに「一級電気技師は自分でなおしたりしないのや」といったそうです(笑)。
他の活動というのは、科学よりはもう少し近回りするわけだね。科学、とりわけ基礎科学は遠回りだね。
遠回りで、しかも戻ってこれるかどうかわからんけれども。
遠回りしたらいかんといったら、どうにもならぬ。

(「人間にとって科学とは何か」より抜粋)


そう考えると、私が学んでいる学問は実学なんて言われますけど、一体何なのかと思う。
大学では「ものづくり」について教えるといわれているけど、研究室配属されたら分かるのだろうか。
正直全く「ものづくり」について分かったことなどどこにもない。
私も電気工学を学んでいるから、よく家族に実用化されだしたLEDのシーリングランプについて聞かれる。
私よりもはるかに家電屋さんのセールスマンのほうがうまく説明するだろう。
実験ではLEDの発光過程については量子力学に基づいて教えられた。
エネルギーギャップがあって、そのギャップ分、電子が励起されたり、落ちたりして光りますよ。
そんな原理的なことを言っても、普通の人が求めている解答にはならない。
かといってその知識について自分なりに考えたこともないので、それを用いて気のきいた説明にもならない。
時には「冷蔵庫を直してくれ」と言われたりする。
・・・私が分解したら確実に壊れる。
研究室にいけば、「賢い教授たち」が難しい顔をして何かしてるんだろう。



昨日は「戦火の馬」を見に行った。
なかなかよい映画だった。時は第一次世界大戦とかそれ以前の話であり、今から100年前の話。
見ていると、今がどんな便利で平和な時代なのかということを実感する。
昔は畑を耕すのにも、耕運機などなかったために、馬と人のエネルギーを使い耕した。
馬に畑を耕すためのソリのようなものを引かせて、上手くやればソリの刃が地面をえぐって耕してくれる。
それでも馬の調子なんかが随分影響して、なかなか耕せなかったであろうということは想像にたやすい。
冷蔵庫もテレビもなかっただろうし、電球なんかも普及していなかっただろう。
不便だったに違いない。
さらには戦争まであった。まだ騎馬戦というのがあった時代で、英国軍は馬に乗りながら、剣を前に突き出した格好で
突撃していった。それを独軍が新たに開発していたであろうマシンガンで薙ぎ払っていた。
また塹壕戦というのが主流の時代であった。
塹壕の中はネズミが這っているし、地面はぬかるんでいて、感染症なんかも良く流行ったようだ。


今時代の日本に住んでいるほうがはるかに幸せに見えるけど、なぜこんなに可笑しな精神状態なのかしら。
自分でも笑えるほど、変な精神状態。
いや、昔は肉体の健康状態も、苦労に伴う精神状態もあまり良くなかったのかなぁ。
昔の人は活き活きとしていたとか、明治維新の頃の日本人は素晴らしかったといわれるけど、
実際のところどうなのかしら。
精神的にも満たすことができるような文明は、この先出現するのかなぁ。


独軍が、英軍から奪った馬に大砲を引かせていたシーンはなんだかすさまじくリアルに感じた。
巨大な大砲を丘の上にあげなければならないのだが、それを何頭もの馬を連ねてひかせるのである。
馬のような脚力のある動物でも、ぜーはーぜーはー言っているのがあまりにも生生しかった。


そういえば、一緒に夕食を食べていた仲間たちが引っ越していった。
土日に誰かと夕食でも食べたいな、と思う時に誘える友達がいたということは幸福だったのだろうなぁ。
おまけにある程度気があっていたわけで。
彼らが去ってから、本当にさびしさというのを実感する。
しかしながら私もここにいるのは後一年。
できれば仲の良い友達なんかできればいいね、無理かもしれないけど。
車を持っている友人というのが、これで皆無になった。