量子の海、ディラックの深淵

量子の海、ディラックの深淵――天才物理学者の華々しき業績と寡黙なる生涯

量子の海、ディラックの深淵――天才物理学者の華々しき業績と寡黙なる生涯


今年の一月からちびちびと呼んでいた、長大なディラックの伝記を読む。
量子力学の本を出している有名な物理学者だと走っていた。
ミーハー根性で買った一冊であるが、非常に楽しく読めた。
工科の大学に何年も在籍しているのにもかかわらず、科学は素人も同然の私であるが、
偉大な物理学者がどのように思考するのか、少しだけ分かった気になる。


ディラックはひどく無口な性格だったようである。
数学や物理が好きで、異性には大して関心がない。
自閉症だったのではないか、という議論も本書の中でされているが、
理系の人間というのは、こうまでして俗っぽさが排除されていなければ、
大成しないのだろうか。


数学するにしても、物理するにしても、基本的には孤独である。
工学も孤独である。レポートを書くときには苦痛しかない。
確かに一般則を得られたデータに適応していくとき、多少分かることもあるが、
とはいえ、非常に孤独な作業で、データ処理というのは苦痛以外何物でもない。
私には理系に向く要素というのがないのかもしれない・・・。


この本は非常に長大である。びっくりするぐらい長い。
ディラックの生い立ちから、ディラックの業績まで。
晩年は偉大な物理学者ディラックといえども、最新の弦理論などにはついていけなくなったようだ。
1970年代に弦理論など量子力学を延長したような理論が出てくるわけであるが、
その頃にはディラックの学者としての生命は終わっていたようである。
あれほど高名な学者なのにもかかわらず・・・。


しかし、ディラックが生きた時代というのは政治的にも科学的にも激動の時代だったようである。
ナチスドイツがヨーロッパで大暴れしたり、アインシュタイン量子論の基になる論文を発表したり。
1900年から1950年というのは、タフな時代である。
あの時代の人間は、戦争をしたり、科学を発達させたり、非常に忙しかった。
今よりも生活的には良くなかっただろうが、そこに生きる人間はタフであった。
ディラックマルクス主義にかぶれて見たり、上手くいっていた頃のソ連を訪れて感心したりした。
その頃の人間の知性というのは、今の一般人とは比べモノにならないほど偉大だった。


これは訳書であるのだが、原書は今の円高を受けて非常に安くなっている。
翻訳者のためにいくらか訳書は原書より高いのは当たり前であるが、
原書で読めば2000円程度安く読める。
英語の勉強にもなるだろうし、できれば原書で読む程度の英語力というのが必要である。
もう少し英語勉強してから原書を買って目を通してみようか。
英語の勉強も進めなくてはならない。