考えさせられる

学会に行って以来、考えさせられる。
東工大の奴らは質問にすごいレベルで答えていたし、(あとで調べたら博士号を持っている人だと分かったけど)
帰りの電車では、滅多に話さない研究室のエース級なのかどうなのかわからないけど、
頑張っている人間と話した時に、「お金ではなくて本気でこれをしたいと思っている」と言っていたのにびっくりして、
この大学にもこういう学生がいるのか、と思ったりもした。


そこに来て、自分というのはどういう人間なのか。
自分が生きる上で、何か人生をかけてしよう、ということが私にはないように思う。
ちろちろと本を読んでみたりするけど、そういう情熱に欠ける。
特に準ボスとか見ていると、「研究者」なんだな、と思ったり。
確かに普段は「変人」と言われていたりするけど、そうでないと研究者なんて勤まらないだろう。
なんというか、強烈な自意識が生み出す閉ループ系というのかなんというか、そういうものがないと研究は駄目である。


自分を賭して、若さを燃えさせて、人生の意味を求めて、というのは私も一度くらい試みたことはあるけど、
んでもお遊び程度だったなぁ・・・。
まるで自分をえぐるような激しさを伴う「それ」って、私はしたことがないだろう。
「それ」はとてつもなく疲れるし、毎日毎日へとへとになるだろうけど、それができないと駄目である。
昔、高校生の頃、なんていうか今は打ち砕かれてしまった全能感というのか、そういうものがまだ残っていたとき、
そういう暴力的な努力というのを一時期出来たりもしていたけど、今はなんていうか言葉でいろいろなことを表現して、
さらには物事を言葉でいなしはじめた結果、そういうことができなくなったように思う。
やたら、文章に衝撃を受けたら書くようになった代わりに、なにか大切なことを忘れている。


確かに学会なんかも、卒なくこなしたとか、落ち着いていたとか言われたけど、
んでも、だったら肝心の内容はどうなの????魂こもっているの????全然そんなことはない。
ただただ、あなたがやったことは、普通にこなしただけである。
何物にもなりはしない。
本当に自分が一生懸命やって、もう死にそうだ、というくらいに物事に取り組んで、初めて内容が伴うはずなのに、
今の私といえば、なにやら人生経験にものを言わせたりなんだりして、のらりくらりと乗り越えるばかりである。


私は昔からこうだったの????もっと強烈な自意識があったはず。
それはもう挫折によってないほうがよい、ということになって「風前の灯」になってしまっているけど、
今一度、ここで研究を続けるなら復活させないといけないと思う。
プライド、昔は捨てたくなるくらい、自分の精神とか体調を病ませるくらいあっただろう・・・。
今こそ、それがいるんだけど、時すでに遅しなのかなぁ。