自分が駄目な理由が随分見えた・・・

私は高校時代からかなりの根暗であったが、正直なところ生きようという意思が他人よりも確実に欠けている。
ここ最近、その自分の淡白さというのを実感する出来事が多々あった。
昔はこれでも負けず嫌いで通っていたのに、もうそういうものもすべて萎えた感じ。
萎えたといえば、私は最近あちらのほうでも不能である、25歳にして。(そのうち復活するとは思うが)


内から出てくるハングリーが全くないのである。何かを奪い取ってこようという気力がない。
覇気がない。気合いが足りない。脂肪がつきすぎて、昨年よりも10kgほど太っている。
どう考えてもこれじゃあ駄目だ・・・。


確かに一時は物事がうまくいく方向に、偶然にも人からの助けもあって、運気が上がっていた時もあった。
私を試すかのように、逆風が吹き荒れたときに、私はそれに耐えることができなかった。
周りの環境がすべて自分にふさわしくないと、他責的な考え方をしたのが不幸の始まりである。
我欲が最近枯れて人生楽になったと思っていたけど、これはこれで逆に生物としては退化しているのではないかと思う。


また、筋トレとランニングを始めようか。あれがなくなると生物としてなんだかおかしくなる。
ネットの世界だけに閉じこもり、ちっぽけな自分の妄想の中で暮らしている自分がいる。
本来人間というのは、開放系のはずである。
しかし私は閉鎖系。他者とのコミュニケーションも口先だけでごまかしているが、
本当に他者という存在と向き合ったことは一度もない。
(そういう機会があっても何かと理由をつけて正面衝突を避ける)
(目を見みてしゃべることができないわけでもない。私の小意地は素晴らしいものがあるので、
虚勢を張って他人の目を見て話すことはできるから、とにかく私は小細工でごまかしているのである)
昔、弓をやっていたころは自分の身体とよく対話したものであるが、弓を始める前はどう考えても自己との対話でさえ、
一定レベルを満たしていない状態だったが、あのころ私は多少たりとも自己との対話は補充することができたのだ。
しかし一方で、他者と(あるいは外界と)、本当に真剣に向き合って対話したことがこれまでの人生経験上一度もない。
すべて口先だけのコミュニケーションに頼って、のらりくらりと衝突を避ける。
どかーんとまともにぶつかったことがない。これでは人間として全く成長しないのも当たり前だろう。


高校時代、私は孤独に非常に弱く、ふらふらと他人を頼ってしまうタイプの人間だった。
大学時代は、とにかく孤独の中で何かを発見し、それを研磨するような人間にならなければと幼心にも思った。
どうやらその目標掲げて、多少たりともろくでもない本を読んだおかげで、私はすっかり口だけ人間になってしまった。
言葉だけが先回りして、身体が付いてこないタイプの人間。
特に理系の学生には(総じて文化系の学生には)、私のような無気力で、与えられるものをこなすだけのロボットタイプが
非常に多いと思うが、私もまぎれもなくその一員である。おまけに症状はなかなかひどい。


日々、ドキドキしてアドレナリンが出そうになる場面を毎回避ける。
家に帰れば、ネットしながら酒を飲み、まるで自分の拵えた妄想の子宮の中に退行するわけである。
だから、本当に私にかかわろうとしてくる(私の勘違いかもしれない)人間は、すべからくその不用意でだらしのない口先で、
傷つけてしまうわけである。
その不用意でだらしのない口先というのは、今思えば、私が「数年前の大挫折」と名付けた人間関係の失敗を解く鍵である。
ぶつかっていけば後悔はしなかった。
けれど、口先が発するろくでもない軽い言葉だけに振り回されて、私は何もしないで終わるのである。
これでは、だったら他の勉強の道で私は自己実現してやると意気込んでも、所詮は口先だけだし、適わないのも道理である。


とにかく、この口先だけ、小手先だけの、帳尻合わせ、小細工満載の生き方はもうそろそろ限界なのだ。
25歳にしてようやく気付いた。きちんと身体を使って、自分を多少たりとも追い込むということをしないと駄目だ。
一番良いのは、どこかの道場で武道でも習うことだが、私にはその根性がないので、とりあえずは走るのと筋トレかなぁ。
とにかくね、もう何とも向き合えてない。本当に、小手先だけの口がいろいろしゃべるから、回避するだけ。
この「のらりくらり」癖というのは、どうしようもない。


この私の悪しき「のらりくらり」は、一見自分でも普通に生きている、という錯覚に騙されるだけ性質が悪い。
明らかに自分との折り合いも合わないし、周囲との折り合いも全く合わない、というような状態だったら自分に
欠けているものがあると感じるだろう。
でも、そうではない時、自分はその状況に無力感を感じながらも納得していて、
さらには周囲との折り合いも限定的に見れば、別段いつも通り、と思う時には、どうしようもない「のらりくらり」に
支配されている状態に陥っている。
いざ、なにか自立してやろうとすると、たちまちこの「のらりくらり」で乗り切ってきた自分の駄目さが露呈するのである。


こうやって、文章をどれだけ紡いでもだめなのである。
むしろ紡げば紡ぐほど、この決定的な穴というのは、開いてしまう。
この糞みたいな症状を直すには、多分何かをすることだろう。
駄目だ、このままでは・・・。要するに自慰みたいな人生を送っている感じ。
自慰そのものか(笑)