遅刻

遅刻をしながらも電磁気学の授業に出席してきた。
20分程度遅れて行ったが、前回の復習をやっていてそれほどダメージを受けなかった。
今学期は、たまに運よく救われることがあって助かる。
伏見稲荷神社のお稲荷さんのおかげかもしれない。


それで授業内容は技術史であった。
19世紀の末に、電磁波はヘルツによって実験的に実証されたわけだけど、
それを聞きつけて数年後、日本でもこれを通信技術あるいは軍事技術として用いようという
先見の明のある研究者がいて、アインシュタイン相対性理論を世に出す頃には、
日本人の国産の無線通信技術が開発されていたようである。


ちょうどそのころは、「坂の上の雲」の時代。
バルチック艦隊を破るときにも、この先見の明から開発された国産無線技術により先回りができて、
見事世界最強といわれるバルチック艦隊を破った。
この頃は日本の海軍にも技術というものを尊ぶ精神があったのだろう。


しかし、その次に起る太平洋戦争では、日本の電探(レーダー)は非常にしょぼくて、
さらには見るのもいちいちオシロスコープを覗き込んでみないといけないし、その精度も悪い上に、
一直線上のデータしか拾えないという、おそらく艦艇に装備されていてもあまり使われなかったような代物であるが、
一方で米国のレーダーは全方位を画面にプロットするというところまで開発され実用化されていて、
さらにはVT信管にも電磁波の応用が使われているし、
(戦闘機の近くに来ると爆発する、一発を戦闘機に当てようとするよりはるかに撃墜する可能性は高い)
皮肉なことにリトルボーイに指向性の高い八木アンテナが実装されていたというのはあまりにも有名な話である。
ちなみに帝国海軍では、しまいには特攻までやったがあれがなぜそれほど戦果をあげなかったかといえば、
このVT信管の功績のようである。
言ってみれば特攻は追尾機能を備えた非人道的な爆弾であったはずだが、私もなぜ追尾機能が付いているのに
それが戦況に影響を与えなかったのか不思議であった。
理由はVT信管を近づいてくる特攻の戦闘機めがけて発射しまくり、船にたどり着く以前に撃ち落とされ、
海上に落ちるというところにあったようだ。


大体1800年の終わりから、1950年までが電磁波を用いた技術の革新時代であり、
あの間に随分と戦争なり何なりあって技術開発が加速されたようである。


今日はそんな技術史の話であった。
この電磁気の教官は、昔ろくに授業受けていない頃はあまり好きではなかったが、
生徒を尊重する上、私にも技術者として未来があるかのように思えて悪くなかったりする。
私も自分の未来を信じて、大学8年が決定している現在であるが、努力しようか。
でも昔よりはるかに精神的なしがらみから解放されたような気がする。



(追記)
その後、散歩に行ったが、一軒家に使われているアンテナはたいていが八木アンテナだったのにはびっくりした。